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東京高等裁判所 平成3年(行コ)100号 判決 1995年6月28日

控訴人(原告) 松本弘 外一五名

被控訴人(被告) 国

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

原判決別紙選定者目録、在職者目録、及び選定者の所属一覧表を別紙「更正目録」のとおり更正する。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  別紙一「控訴人目録」記載の控訴人のうち別紙二「在職者目録」記載の各控訴人が、その所属する別紙四「課別・勤務種類別・勤務始終時刻、慣行休息時間一覧表」記載の勤務及び別紙五「超過勤務の慣行休息時間」記載の超過勤務に就労するにあたっては、被控訴人に対して別紙四及び別紙五記載の慣行休息時間をそれぞれ休息する権利を有することを確認する。

3  被控訴人は、別紙二「在職者目録」記載の各控訴人に対して、昭和五九年六月以降前項の休息する時間が回復するまでの間毎月末日限り金五万円を支払え。

4  被控訴人は、別紙一「控訴人目録」記載の控訴人のうち別紙三「転出者目録」記載の各控訴人に対して、同目録請求(慰謝料)金額欄記載の各金員及びこれに対する平成二年一一月一五日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被控訴人の負担とする。

6  第三項、第四項につき仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

3  金員の支払いが命ぜられる場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

当事者双方の事実の主張は、次の一のとおり原判決に付加し、次の二のとおり控訴人らの、三のとおり被控訴人の当審における各主張ならびに相手方の主張に対する反論を付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(なお、原審原告ら(選定者ら)のうち控訴人らを除く者については、控訴の取下によりすでに訴訟が終了し、本件の控訴人は別紙当事者目録記載の控訴人のみとなったので、以下で原判決を引用する場合には、原判決書中「選定者ら」とあるのは全て「控訴人ら」と読み替えるものとする。)。

一  原判決への付加

1  原判決書八頁一行目のかっこ内末尾に「被控訴人はこれを慣行休息と称することに異議があるとするが、その善し悪しないしこれが正当な権利であるかどうかはともかく、事実として長年続いた慣行であったことは後にも判断するとおりであり、要は呼び方の便宜の問題に過ぎない。」を加え、同六行目の「勤務条件法定主義のもとでは」を「控訴人らの勤務関係はいわゆる勤務条件法定主義に従うものであるのか、もしそうだとして、勤務条件法定主義のもとでは」に、同一〇行目の「規範的効力が認められるのか」を「規範的効力が認められるのか、もし認められないとしても、個々の労働契約の内容となることがあるのか」にそれぞれ改める。

2  原判決書九頁四行目の「別紙一」から八行目の末尾までを次のように改める。「控訴人らは、東京中央郵便局(以下「東京中郵局」あるいは単に「中郵」ともいう。)に勤務し(現在勤務している者は別紙二「在職者目録」記載のとおりである。)、あるいは勤務していた(過去に勤務していた者とその転出・退職年月日は別紙三「転出者目録」記載のとおりである。)現業国家公務員である。」

3  原判決書一一頁四行目の「慣行休息権の法的性質」を「慣行休息権の成立」に、五行目の「労働協約」を「労働協約としての効力を有する合意(四五年六月の合意の法的性質についての主位的主張)」にそれぞれ改める。

4  原判決書一二頁八行目の末尾に「郵政省と全逓との間の昭和三五年四月三〇日付「団体交渉の方式、及び手続に関する協約」(以下「コミュニケーションルール」ということがある。)において、中央における団体交渉とは別に支部交渉が認められており、交渉委員に指名された中郵局長は、当該郵便局に関して国営企業労働関係法(以下「国労法」という。なお、昭和六一年法律第九三号による改正前の同法の名称は公共企業体等労働関係法であったが、本件に関する限り、該当条文に変更はないから、特に必要がある場合を除いては国労法の名称を用いる。)八条所定の問題について団体交渉をし、労働協約を締結する権限がある。休息時間はそもそも労働時間であり、休息時間をどのように定めるかは予算の実施に関わることがらであるから、中郵局長の権限に属し、そうでないとしても、右のとおり、合意に先立って中郵局長は郵政省から授権、指示を得ていた。」を加える。

5  原判決書一三頁七行目の末尾に「コミュニケーションルールのもとで支部交渉事項とされたことがらの中には、労使合意が成立した場合であっても文章化したり、記名押印したりしないものがあるという実状であったから、協約締結権限を有する当事者が書面性の要件を排除または変更したものであるとみることもできる。」を、一〇行目の末尾に「(四五年六月の合意の法的性質についての予備的主張)」をそれぞれ加える。

6  原判決書一四頁三行目末尾に「仮に、本件合意が労組法の定める要件を欠くという理由で労働協約とみることができないとしても、そもそも労働協約の規範的効力は、労組法によって創設されたものではなく、およそ労働協約であれば当然に守られるべきであるというその本質に根ざすものであるから、実質的労働協約として、その本来的効力である規範的効力は認められるべきである。」を加える。

7  原判決書一九頁九行目から一〇行目にかけての括弧書きを削る。

二  控訴人らの主張並びに被控訴人の主張に対する反論

1  昭和四五年六月の慣行休息の合意

被控訴人は、控訴人が主張する昭和四五年六月一〇日の中郵当局と全逓中郵支部との間の慣行休息に関する合意(以下「本件合意」という。)の成立そのものを否定するが、この合意があったことは証拠上も明らかというべきである。被控訴人は、中郵当局と全逓中郵支部との団体交渉事項でもないのに、全逓中郵側から突然慣行休息に言及されて中郵当局が特に異議を述べなかったからといって、慣行休息を認めるとの合意があったことにはならないというが、突然慣行休息の問題を持ち出されたなどというようなものではなく、被控訴人の主張は事実に反する。郵政省は、すでに昭和四五年四月九日、全逓中央本部に対して、全国における慣行一般についてこれを一方的に剥奪する意図はなく、全逓と郵政省との間に締結された勤務時間及び週休日等に関する協約(以下「勤務時間協約」という。)を上回るものについては、現場段階で事前に話合いをしていくとの見解を明らかにしており、さらに、郵政省と全逓とは、同年五月一二日に、職員の勤務時間の短縮(以下「時短」という。)を実施するにあたっては、慣行休息の是正の問題は現状凍結することとし、別途協議すべきことを確認していたという経緯もある。その上で、同年六月二日の郵政省と全逓中央本部との話し合いにおいて、郵政当局から「<1>実労働時間が増えることのないようにする、<2>実質的に拘束時間を延長することのないようにする、<3>休憩・休息時間の位置が変わることはあり得る、との三項目の考えが示されたのである。これを受けて同年六月四日に中郵当局と全逓中郵支部との間で慣行休息が確認されたのであって、その後の全体の窓口折衝においても、分会における折衝においても、郵政省から示された右三項目を前提として、すなわち慣行休息を認めることを前提として折衝が行われていたのである。分会による折衝を経て、慣行休息の具体的な時間と位置の確認をしたものであることは明白であり、本件合意の成立は争いようのない事実であるといえる。

加えて、原判決で認定されたほかにも、次のとおり幾度となく慣行休息の存在を前提とする服務線表の作成作業がなされている。

(一) 昭和四五年第三特殊課増員に伴う服務線表変更時

中郵当局は、昭和四五年七月一五日に第三特殊課に一五名の増員をしたことに伴い、同年一一月一三日慣行休息の総時間数とその存在の是非になんら触れることなく、これを前提として、しかも特例休息と慣行休息を区別せず一体のものとして組み込んだ新線表を示し、全逓中郵支部も同年一二月二四日にはこれを受け入れた。

(二) 昭和四八年機械化局部分時短の休息時間復活交渉時

昭和四八年五月に、本省と全逓中央とが、全国一律に休息時間を復活、増加させる合意をしたのを受けて、中郵当局は勤務時間四時間につき一五分の割合で休息時間を増加する案を示した。右の案は、勤務時間協約を上回る慣行休息時間について、これを増加する休息時間に応じて削減するなどなんらの手を加えずに、全国レベルに合せて同一の休息時間を増加するものであった。

(三) 昭和五〇年普通郵便部年末臨時分室設置時

昭和五〇年の年末臨時分室が大手町の東京国際郵便局内に設置された際に、普通部の各課から人員を派遣したが、中郵当局は、派遣元となる課毎の加重平均で分室における慣行休息を設ける服務線表を作成、提示した。

(四) 郵便輸送合理化に伴う服務変更時

昭和五三年九月六日郵便輸送合理化に伴う服務表変更時に、中郵当局は、慣行休息そのものを問題とせず、その平行移動と新設の服務線表を示し、全逓中郵支部もこれを受入れた。

(五) 第一普通課服務線表一部改正要求時

昭和五五年末に全逓中郵支部が中郵当局に対し、第一普通課における休憩、休息の一斉付与を実現するために、慣行休息の平行移動などを含む要求を提出した際、中郵当局は、組合とのやり取りの末に、郵政局と協議し、慣行休息の一部移動を含む回答をしたことがある。このときは、交渉こそまとまらなかったが、慣行休息の位置移動そのものには支障がないことについて東京郵政局を含めて確認がなされたことになる。

(六) 昭和五八年一月二四日郵便窓口取扱時間変更時

昭和五八年一月二四日郵便窓口取扱時間を変更した際に、中郵労使双方は、慣行休息の位置の移動と新設の服務線表に慣行休息を盛り込むことで合意した。

(七) 昭和五九年一月二四日郵便輸送合理化に伴う服務変更時

昭和五九年一月二四日郵便輸送合理化に伴って服務線表を変更した際、現行の慣行休息時間について労使で確認をした。

以上のように、中郵当局が度重なる服務線表の作成に際して異議なく応じてきたばかりか、自ら慣行休息を取り入れた服務線表を提示したことさえあるという事実は、中郵当局が慣行休息を容認し、これを認める合意が成立していることを示すものに他ならない。被控訴人は、当審におけるこの点の控訴人らの立証についてはなんらの反証も提出しないばかりか、具体的な反論すらしていない。控訴人らのこの点についての主張を認めるものというべきである。

2  被控訴人が主張する勤務条件決定方式について

被控訴人は、現業国家公務員にも勤務条件法定主義が適用され、したがって郵政事業職員勤務時間、休憩、休日および休暇規程(昭和三三年公達第四九号、以下「勤務時間規程」という。)に定められていない労働協約や労使慣行は何ら法的効力を有しないという。

しかし、憲法七三条四号の趣旨は、公務員制度を国民主権に基づく議会の統制のもとにおき行政サービスの確保を図るとともに、勤務条件を法律で定めることによって、使用者たる国の恣意的、不合理な支配を排除し、公務員の身分を保障することにあるから、その基本的意義は憲法二七条二項と異ならない。これを公務員の勤務条件はおよそすべて法律で定められることが憲法上の要請であるとするのは誤りである。最低の基準として法定された基準以上の、あるいは基準の細目的ことがらをどのように定めるかは、団結権、団体交渉権、争議権の保障のもとにおける公務員を含む勤労者と使用者との間の労使自治によって規律されるとするのが憲法の趣旨である。

仮に現業国家公務員の勤務関係について、基本的に公法上の権利関係であるという見解をとったとしても、控訴人ら現業の職員には、現行法上の団結権はもちろん勤務時間等の労働条件に関する団体交渉権、協約締結権が保障され、労組法、労基法もほぼ全面的に適用される(国労法三条、四条、八条、労基法八条一一号)のであるから、その労働条件決定方式は、労使対等決定の原則に基づき(労基法二条一項)、労使自治によって決定すべきものである。例外として、争議権の保障がなく、また資金の追加支出を要する協定を締結した場合には、当然には使用者たる政府を拘束せず、国家の承認を要するとされるだけである(国労法一六条)。それゆえ、国家公務員法六三条一項(公務員の給与に関する規定)をはじめ、一般職の給与に関する法律、国家公務員退職手当法など国家公務員の勤務条件につき法定主義を定めたとされる諸規定が適用排除されているのである(国労法四〇条一項、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(以下「給与等特例法」という。)七条)。

給与等特例法六条一項には「主務大臣又は政令の定めるところによりその委任を受けた者は、その企業に勤務する職員の勤務時間、休憩、休日及び休暇について規程を定めなければならない。」とあり、勤務時間規程はこの定めに基づいている。しかし、給与等特例法六条一項は、郵政大臣に対して単独で規程を制定しうる権限を与えたものではない。同条は、国労法が現業国家公務員の労働条件が団体交渉事項、労働協約締結事項であるとしたのを受けて、団体交渉、労働協約締結における権限を有する行政庁を明示し、法律、人事院規則の適用を排除された現業国家公務員の勤務条件の基準、具体的な内容を使用者として客観的に明示すべき義務、責務を負わせた規定である。

以上のとおり、現業国家公務員の労働条件は、労使間の団体交渉、労働協約によって自主的に決定されるものであるから、郵政大臣が単独で定める勤務時間規程に定められなくとも、労働時間や休憩、休息時間に関して労使間で成立した労働協約や労使慣行が法的効力を有することは当然である。郵政大臣が一方的に作成する勤務時間規程によってすべてが決まるとするのは、国労法などによって現業国家公務員に保障された団体交渉権、協約締結権を否定するものである。またいつでも郵政大臣の定める勤務時間規程によってその労働条件が左右されることになるから、三者機関である人事院の規則によって勤務条件の細目、具体化がなされる非現業国家公務員に比較して著しく不利な立場に置かれることにもなる。被控訴人の主張は誤っている。

3  事実たる慣習に基づく休息権

民法九二条により法的効力のある労使慣行が成立するためには、同種行為又は事実が長期間反復継続して行われていること、当該慣行的事実が多数当事者間に存在していること、労使双方に規範的意識が存在し又はこれが推定されることが要件であると考えられる。仮にこのうち第二、第三の要件に代えて、当事者が慣行によることを明示的に排斥していないこと、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有し、あるいはその取り扱いについて一定の裁量権を有する者が規範的意識を有していたことの二要件を満たすべきであるとしても、規範意識を欠いたまま公然と長期間反復継続して慣行的制度、慣行的労働条件が実施されることは考えられず、要件の存否は総合的に判断されるべきものであるから、第三の要件を重視するのは誤っている。

原判決は、労働条件を決定する権限を有する者に規範意識があることを要するとの点において十分でないという。しかし、規範意識を取りあげる場合に、ことさら労働条件の決定権者や裁量権者の意識を取り上げることは、中郵における労使双方が、中郵の十六勤制度を維持していくためには慣行休息が不可欠であるとの認識において一致していたという、労使慣行が成立する労働現場の状況を不当に軽視するものである。加えて、慣行休息は、働かせ方の問題であり、特殊中郵という労働環境に発生したものであるから、全国の他の郵便局と一律に考える必要はなく、規範意識もまた中郵当局者のそれとしてみれば十分である。仮にこれを就業規則制定権者すなわち郵政大臣の規範意識ととるとしても、意思表示の解釈は客観的になされるべきであるから、少なくとも郵政大臣個人の意識ではなく、郵政本省、東京郵政局、中郵当局等労働側に対抗する組織としての規範意識が問われるべきである。

先に整理した経過から明らかなように、中郵当局の慣行休息に対する態度は、本件合意を境にして大きく変わり、それまでは機会を捉えてはその剥奪を目論んでいたが、右の時期以後は、まったく是正を表明することはなくなったのである。しかも、以前はことあるごとに慣行休息問題が中央段階の協議に委ねられていたのに、中郵限りで解決することができるようになった。全逓中郵支部においても、中郵当局のそのような態度の変化を受けて、服務線表の確定に協力し、作業を進めたものである。したがって、本件合意の際、あるいは遅くとも昭和四六年九月一八日の労使合意ころには、慣行休息の存在及びその総時間は労使双方にとって確立した正規の労働条件となり、法的効力を有するとの規範意識も存在していたといえる。また、昭和四七年の普通部一部新設に伴う服務表変更作業の経過を見れば、すでに当局は慣行休息の存在と時間数を前提として提案をするのが当然となり、支部側でも、分会の意見を聞いて問題がなければ速やかに同意することに誰も疑問を抱くことがないようになっていたことが明らかである。また、昭和四七年の発着部設置に伴う服務線表切替時の確認の段階では、組合の、慣行休息総時間のわずかな減少も団体交渉による労使合意なしには許されないとする異議を当局も受け入れ、労使双方に正規の労働条件としての規範意識が揺るぎなく確立していたことを示している。

慣行休息を含む各休憩、休息の位置と長さは、各職場毎に労使が協議をして決まるものであり、局長、部長の承認がなければ、実施も不可能であるから、それについて本件合意以来昭和五八年に至るまで少なくとも前後一二回に及ぶ労使の確認を経ている以上、中郵当局者に規範意識があったことは疑いなく、各確認の一々について東京郵政局、本省が指導をしていたことも明らかであるから、これらの者についても規範意識があったというべきである。

当局が内心で是正の意思を有していたところで、それは合意の解釈になんらの影響を与えるものではない。客観的に本件合意時に示されたのは慣行休息は存続させるという意思であり、慣行休息を暫定的に残すというものではない。また、原判決のように、暫定的に存続する合意であると評価すべき事情はない。具体的に期間は定められなかったが、労使合意において労働条件の規範的部分を定めるものは、むしろ期間限定をしないのが普通である。期間に触れないのが暫定性の根拠になるものではない。

被控訴人は、是正の意思が明らかであったように主張するけれども、中郵はもちろん東京郵政局も、慣行休息の存在とその継続の事実を十分に承知しながら、昭和五七年二月の四・一時短実施に伴う是正の申し入れに至るまで、一度たりとも、明示的又は黙示的に慣行休息を削減するとか是正するとかの意思の表明をしていないし、右の時短実施の際にも結局はこれを容認したのである。

確かに、当局は、明らかになった事実の範囲では、昭和三七年以降新しい合理化計画が実施される度に慣行休息を是正する意思を表明していた。すなわち、昭和三七年六月の深夜伝送便実施に伴うメモ、昭和四一年一〇月二六日の航空機搭載計画に伴う東京郵政局の発言、昭和四二年一〇月の晴海新局、東京北部小包局の新設に伴う東京郵政局の回答、昭和四三年の東京南部小包局、東京国際郵便局の新設の際の東京中央郵便局の発言などであるが、それらの趣旨も、全逓からの確認の求めに応じて存続を明言したところに重点があり、「将来的に慣行を是正する考えに変わりはない」などと付け足した発言をしたことがあっても、先のとおり、規範意識を客観的に捉えるべきものだとすれば、それらの発言は法的にはなんの意味もない。また当局は、昭和四四年に一か月の期限付で慣行休息の三分の二を是正する旨の申し入れをしたことがあるが、全逓が民法九二条に基づく慣行休息権の確認を求めて仮処分申請をしたところ、是正の意思を放棄し、慣行休息を存続させ、未実施の服務線表にも慣行休息を認めるとの態度を明らかにした。仮処分申請はこれを受けて取下げにより終了した。

いずれにせよ、被控訴人は、本件合意の後は是正意思を喪失していたものである。

三  被控訴人の主張並びに控訴人らの主張に対する反論

1  本件合意の成否について

控訴人らが主張する本件合意の事実経過は次のとおりである。

すなわち、郵政省と全逓中央本部との間では、昭和四五年五月一二日、部分時短実施そのものについては合意が成立し、同年六月一〇日から実施されることとなったが、その際、郵政省が主張している勤務時間協約を上回る労働慣行の是正については、全逓中央本部は、週休日増加方式の時短実施時点における是正には同意したものの、それ以上は譲歩する意向を示さなかったため、部分時短実施時における右労働慣行の是正は実現し得なかった。そこで郵政省は、部分時短実施時における是正は行わないこととし、週休日増加方式の時短を実施する前提条件として対処していく方針を採用した。

これを受けて中郵局においても六月一〇日の部分時短実施に向けて労使の具体的話合いが行われることとなった。しかし、中郵局が用意した服務表にはカットする予定の労働時間の始終時間帯に協約を超える休息時間が一部含まれていたために、三六協定締結のための協議の席上等で全逓中郵支部がこれを取りあげ、同年六月二日ころ案件は、全逓中央本部からの申入れにより郵政省との間で協議されることになった。郵政省としては、勤務時間協約を上回る慣行はすべて是正するとの方針を打出してはいたものの、その折の是正は断念せざるを得ない状況にあり、しかも全逓中郵支部が反発、抵抗して三六協定締結拒否による時間外労働拒否等の戦術をとった場合に業務運営が混乱するおそれも生じ、かつ部分時短の実施も困難になると判断されたので、その趣旨から、中央段階における話合いにおいては、実労働時間が増えることのないようにする、実質的に拘束時間を延長することのないようにする、休憩、休息時間の位置が変ることはありうる、との考えを全逓中央本部に伝えた。右措置は、当面の紛争解決という観点からの「今回は是正は強行しない」との表明に過ぎず、その存続を将来にわたり是認したり、これを約束するようなものではなかった。

郵政省が全逓中央本部に示した三項目の考え方は、東京郵政局を経由して中郵当局に伝えられた。中郵当局は、この三項目の連絡を受けて、六月三日以降、この内容に沿って六月一〇日の部分時短実施に伴う服務表改正につき労使間での窓口あるいは各課折衝等により、問題点を詰め、六月九日に最終整理となったものであるが、中郵局における労使間の話合い等は、業務運行の混乱を回避するために郵政省の表明した三項目の内容に従って改正服務表が作成されたものである。

そもそも、昭和四五年当時、郵便局段階においては、労基法に基づく三六協定及び二四協定以外は団体交渉の対象事項になっていなかったのである。三六協定締結のための団体交渉の席上全逓中郵支部から突然慣行休息に言及されたのに対して、なんらの権限を有しない中郵当局側が特に異論を述べなかったからといって、不自然ということはなく、そこに慣行休息を容認する合意が存在したと評価することもできない。まして、これを契機にして、それまで是正の方針であったものが容認へと方向転換したとはいえない。

控訴人らは、本件合意の後にも幾度となく合意の確認がなされたと主張する。そのうち事実経過自体は概ね認めるが、それが慣行休息の確認であったとする部分は争う。

2  勤務条件決定の方式について

労組法は、労働協約の効力発生要件として厳格な方式を定めていることからいって、仮に何らかの範囲で控訴人らの主張する本件合意の成立が認められるとしても、これに労働協約ないしはこれに準ずる効力が認められる余地はない。加えて郵政職員の勤務関係が労働契約という私法上の関係にはなく、基本的には公法的規律に服する公法上のものであり(最高裁昭和四九年七月一九日判決・民集二八巻五号八九七頁参照)、いわゆる勤務条件法定主義の適用を受けることに照して、控訴人らの主張は認められない。

右最判もいうとおり、現業公務員は、一般職の国家公務員(国公法二条二項、国労法二条二項二号、給与等特例法二条二項参照)として、国の行政機関に勤務するものであり、しかも、その勤務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒、服務等については、国公法及びそれに基づく人事院規則の詳細な規程がほぼ全面的に適用されている(なお、郵政省設置法二〇条参照)などの点に照すと、その勤務関係は、基本的には、公法的規律に服する公法上の関係であることは明らかである。郵便事業という経済的活動を行う企業に従事するものであること、国労法が労働条件に関する事項につき団体交渉の対象としたうえそれにつき労働協約の締結を認め(国労法八条)、また国公法の適用を一部除外する反面、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法等の適用があるとしている(同法四〇条一項参照)ことからすると、郵政事業に従事する公務員の勤務関係が、いわゆる非現業の国家公務員のそれとは異なり、ある程度当事者の自治に委ねられている面があることは否定しないが、それも勤務関係が基本的に公法上のものであることを否定する根拠となるものでない。

ここで、当事者の自治に委ねられている面とは、具体的には、国労法八条に定めるとおり、賃金その他の給与、労働時間、休憩、休日及び休暇に関する事項などの労働条件に関する事項につき団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することをいうに過ぎない。したがって、国労法八条により適式、適法に成立した労働協約により労使関係が規律されることは当然として、それ以上に民間企業の勤務関係と同様の私的自治を認める余地はない。

控訴人ら郵政職員の労働時間、休憩、休日及び休暇等の労働条件については、右のような理由により、一方で主務大臣である郵政大臣は、給与等特例法六条により、一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律の適用を受ける国家公務員の勤務条件その他の事情を考慮して「職員の勤務時間、休憩、休日及び休暇について規程を定めなければならない」とされており(なお、一般職の職員の給与等に関する法律が平成六年に改正されて名称が「一般職の給与に関する法律」となるともに、一般職の職員の勤務時間、休憩等に関する定めは新しく制定された「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」に規定されることになったのに伴い、給与等特例法六条二項中「一般職の職員の給与等に関する法律」とあった部分が「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」と改められたが、その趣旨は変わらないから、以下では改正後の条文の文言を用いて説明することとし、また、改正に伴う原判決引用部分の訂正は省略する。給与等特例法三条二項についても同様である。)、また郵政職員に労基法が適用されることから、同法八九条により就業規則を定めることになっているが、他方では労働協約を締結することもあるので、郵政省と労働組合との間の労働協約、右給与等特例法に基づく勤務時間規程及び就業規則にその根拠が重畳的に規定されることになるのである。

右に述べた労働協約としては、勤務時間協約、同協約付属覚書並びにその他の関係労働協約がある。また、規程としては勤務時間規程があり、就業規則も定められている。これらにより郵政職員に対して適用される勤務時間、休憩、休日等の勤務条件が定められることになる。休息時間についても、職員の勤務の提供方法という最も基本的な勤務条件の一つとして、協約等のなかに休息時間の意義、長さ、性格、付与方法等がそれぞれ詳細に規定されている。

郵政職員の勤務時間等について団体交渉で決定することができるとしながら、給与等特例法でそれに関する規程を必要としているのは、私的自治をある程度認めつつも、郵政職員の勤務関係が基本的には公的規律に服する公法上のものであり、いわゆる勤務条件法定主義の適用を受けるためであり、さらに団体交渉による労働協約が締結されていない状態においては規程が準拠規定となり、団体交渉による労働協約締結に際しても、郵政大臣に対し、一般職の国家公務員の勤務条件その他の事情を考慮した内容の協約を締結すべき義務を課している(給与等特例法六条二項)ものと解される。そして、主務大臣は、労働時間に関する労働協約が締結された場合には、これに応じて勤務時間規程も同一の内容に改正すべきものであり、両者に矛盾、撞着は生じない建て前である。こうして、控訴人ら郵政職員の勤務時間等について労働協約で定められることになっても、そこで決められた内容は給与等特例法に基づき法令である勤務時間規程に定められるのであるから、非現業国家公務員と何ら変ることなく、大枠では勤務条件法定主義の中に収るものであり、それが維持されることになる。適法に締結された労働協約であれば、そのとおり勤務時間規程に反映されるべきものであるから、両者の優劣を論ずる余地はない。

勤務時間の中に休息時間を設けるべきことは勤務時間協約等に明らかにされている(勤務時間協約二条一項、勤務時間規程一一条一項、就業規則三七条)が、それが労基法に基礎を置く休憩時間と異なるのは、一方が賃金支払いの対象となるのに他方はならないという点である。休息時間は勤務時間に含まれ、給与の支給対象時間とされている。郵政職員にこのように休憩時間のほかに休息時間が与えられるようになった理由の一つは、その沿革にある。すなわち昭和二三年の改正国公法により、郵政職員の勤務時間等の勤務条件は、すべて国家公務員法、人事院規則等の定めによることとされたが、昭和二四年一月制定施行された人事院規則一五の二において、「給与の支給対象となる休息時間をできる限り勤務四時間につき一五分、勤務時間の途中に置く、休息時間は与えられなかった場合においても繰り越されない。」旨の休息時間に関する定めがはじめて設けられ、以後、昭和二八年一月郵政職員に国労法並びに労働基準法が適用されるに至ったことに伴い、前記人事院規則の適用が除外された後も、勤務時間協約等のなかに引継がれて今日に至っているのであって、休息時間は、原則として、勤務四時間中に一五分を勤務時間の途中に設けることとされている(勤務時間協約二条二項、勤務時間規程一一条二項、就業規則四四条一項)。

他方で、同じく郵政事業といっても、事業によって職員の従事する業務の内容、勤務局所の規模、内容、職員の勤務態様等によって、作業の強度及び作業密度等には差異もあり、休息時間を一律に定めることは適切とはいえない。特に郵便の局内作業は、他の業務に比較して作業強度も強く、特に休息を必要とする事情がある。そこで、勤務時間協約等に一般の休息時間のほかに「特殊の業務について必要があるときは、別に定めるところにより、特例による休息時間を設けることができる。」旨を定め(勤務時間規程二条二項但書、勤務時間規程一一条二項但書及び八八条、就業規則四四条一項但書)、勤務時間協約付属覚書別表第二(勤務時間規程別表第七、就業規則三七条)において、勤務局所の種類、規模、従事する作業の種類、内容及び勤務の種類等に応じ、特例休息時間が詳細に定められている。これもまた、前記人事院規則が郵政職員に適用されていた当時、同規則に「勤務条件の特殊性により、前二項の規程によるときは能率を甚だしく阻害し、または職員の健康若しくは安全に有害な影響を及ぼす場合において、これらの規程により難いときは、各機関の長は、人事院の承認を経て休息時間につき、別段の定めをすることができる。」旨の規定が置かれていたことに伴い、昭和二四年四月人事院の承認を経て今日の基礎となる特例休息時間が定められ、その後数次にわたり休息時間の延長、適用範囲の拡大等の改正を経て現行のものが定められるに至ったのである(勤務時間協約付属覚書別表第二、勤務時間規程別表第七、就業規則三七条)。

この特例休息は、それぞれ郵便局の規模、業務の形態、勤務の種類等を具体的に斟酌した上で、個々の郵便局に適用される休息時間が中央段階(郵政本省と関係労働組合中央本部)で具体的に決定され、勤務時間協約等において統一的、網羅的に規定されている(勤務時間協約付属覚書別表第二等)。これについて所属長(郵便局長)に認められている権限は、特例による休息時間として定められている範囲内で特例休息時間を定めること及び同規程に定められている範囲内で服務表により休息時間を設ける方法(割振、付与位置)を定めることのみであって、同規程の定めを超えて休息時間を決定する権限は委任されていない(勤務時間協約付属覚書一八項、勤務時間規程二五条、就業規則五八条)。

このように明確な規律のもとにあるので、他にこれと離れて労働契約が成立したり、慣行というような成立時期や内容について一義的明確性のない事実状態によって規律される余地は全くない。

3  事実たる慣習に基づく休息権について

右のとおり、郵政職員の勤務関係は、公法的規律に服する公法関係であり、民間企業のような雇用契約上の関係(対等当事者の関係)ではないのであるから、そこには対等当事者間の関係に適用される一般労働法の法理を適用することはできない。またこのような勤務関係下においては、国労法八条に基づく労働協約の場合を除いては、当事者間における契約ないしは合意という観念を容れる余地はない。要するに、郵政職員の勤務関係は、国家公務員法、国家行政組織法の体系下にあり、それらに関する法令は原則として公の秩序(強行法規)に関するものであるから、それらの法令に定められ、又はそれらの規定の趣旨に反する慣行は成立する余地がない。仮にそれらの法令に反する慣行が合意のうえ成立し、実態的に行われていたとしても、合意そのものが違法である以上、そのような慣行が何らの法的効力を有しないものであることは明らかである(最高裁昭和六〇年一一月八日判決・民集三九巻七号一三七五頁参照)。

以上の考え方からすれば、本件においては、誰についてにせよ規範意識を問う必要はない。

第三証拠<省略>

理由

当裁判所も、控訴人らの請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であると判断するものである。その理由は、以下のとおりである。

一  慣行休息、本件合意の成否並びにその後の確認について

1  本件で慣行休息が是正された経緯、本件合意の成否、その後の合意の確認の経緯並びにその意義についての当裁判所の判断は、次の(一)及び(二)のとおり原判決に付加し、2及び3のとおり当裁判所の認定及び判断を加えるほかは、原判決理由説示(原判決書三〇頁以下の一の項、三三頁以下の二の項、五六頁以下の四の項)のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決書四一頁九行目の「国の主張に照らすと、」から四二頁一行目末尾までを「国の主張には、さしあたってヤミ休息を廃する意思はないとの意向を示す部分もあることからすると、当面は慣行による休息を認める趣旨の発言はあってもおかしくないが、国の主張は基本的には慣行休息を是正する意向であることを明確に表明しているのであるから、慣行休息時間を将来にわたって確保する旨の確認をするとは考え難いところである。右各証拠はそのままには採用することができない。」に改める。

(二)  原判決書四七頁末行の「当局は特に異論を述べなかった。」を「次長は、実働は増やさない、慣行はそのまま時間数は確保する旨答えた。」に改め、四八頁四行目から五行目にかけての「席上東京中郵当局が異論を述べなかったこと」を「席上でのやりとり」に改め、六行目の「甲第六一号証の二、」の次に「乙第六一号証、」を加える。

2  いずれも成立に争いがない甲第一七号証、乙第一号証、第七号証の一、二、第二六号証の一ないし一九、第四一号証、第六一号証、第七一号証、第八〇号証の一ないし八、書込部分を除いて成立に争いがない甲第一二号証、控訴人松本弘の原審における本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五号証、弁論の全趣旨により中郵第二普通郵便課の主事席に掲示されていた服務線表の写真であると認められる甲第二二号証、控訴人渡辺光男の原審における本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五七号証、控訴人渡辺光男の当審における本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一八八号ないし一九六号証、第一九九号証の一ないし三、第二〇〇号証の一ないし三、第二〇一ないし二〇三号証、第二〇七号証の一ないし三、控訴人橘英實の原審における本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第二号証、原審証人橋本忠の証言、原審証人野田芳史の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一三号証、原審証人櫻澤明の証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一〇六号証及び第一〇七号証、証人中島英男、同三木嘉三、同島崎長次郎及び同平勝典の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  全逓と被控訴人とが昭和三三年四月一五日に締結した勤務時間協約によって、双方は、勤務時間、特例休息(特殊の業務について必要があるときに、別に定めるところにより、特例として設ける休息)について合意し、右協約と同時に取り交わした覚書によって、所属長は服務表を作成して関係職員に周知すべきこと(郵政省職務規程(成立に争いがない甲第一六九号証)においても、郵便局長は、郵務局長の定めた服務方法(一四条)の範囲内で、服務表(「業務取扱方法」)を作成することになっている(一八条)。)、服務表には、勤務の種類ならびに始業時刻及び終業時刻、休憩時間を設ける方法、休息時間を設ける方法などを定めるべきことが合意された。その結果、実際には、各部署毎に始終業時刻、休憩時間、休息時間を数字で特定し、ほかに週休日を設ける方法、勤務の種類(日勤、中勤、夜勤、十六時間勤務等)の組合せ方法を記載した書面が作成され、備え付けられることとなった。また、勤務時間規程及び右協約の付属覚書には、特例休息の内容として、一般の特例のほかに、郵便局による特例として、中郵局については各部署の早出勤務、日勤、中勤、夜勤、深夜勤、十六時間勤務に分けて特例休息が与えられることが定められた。

(二)  中郵では、服務表とは別に、これに基づいて、業務の進め方を判り易く表示してダイヤグラム式に一覧できるように工夫した服務線表が作成され、主事席に備え置かれていたほか、実行線表と題されて各職員にも配付されており、服務表では判らない慣行休息も、服務線表の上では休息時間の一部として表われており、昭和四四年ころ以降に箱線表と呼ばれるものに変ってからは、特例休息と慣行休息との区別が明瞭に記載されるようになった。

(三)  昭和五五年二月に至るまでは、郵政当局及び中郵当局と全逓及び同中郵支部との間では、支部における団体交渉事項の範囲について認識を異にし、郵政当局及び中郵当局の側では、服務表の改訂問題は支部の団体交渉事項には当たらず、所属長である郵便局長には団体交渉権限並びに労働協約締結権限はないとの見解に立っていたのに対して、全逓及び同中郵支部は、これも支部における団体交渉事項に含まれ、かつ中郵局長は労働協約を締結することができるとの見解に立っていたため、服務線表をめぐる中郵における労使の協議の席を団交と呼ぶことについても双方の認識が一致していなかった。

中郵では、昭和四五年六月以降も、新たに服務線表を作成する必要が生じた場合には、その都度、先ず、全逓中郵支部の業務対策部と中郵当局の労務担当課長である厚生課長、場合によっては調整課長が立合って、課毎に休息総時間を確認し、次いで分会毎に休憩、休息の時間配分などを交渉、確定し、これをもとに中郵当局が服務線表を作成するという作業が繰り返された。原判決が認定する他に、次のような経過がある。

中郵当局は、昭和四五年一一月に、第三特殊課に一五名の増員をしたことに伴い、新しく服務線表を作成したが、その折には慣行休息の総時間数とその存在の是非は特に議論とならなかった。また、昭和四八年五月に、郵政当局と全逓中央とが、全国一律に休息時間を増加する合意をしたのを受けて、中郵当局は、勤務時間四時間につき一五分の割合で休息時間を増加する提案をしたが、その折にも、増加する休息時間分だけ慣行休息を削減するというような議論もなかった。さらに、昭和五〇年の年末に大手町の東京国際郵便局内に中郵の臨時分室が設置された際に、普通部の各課から人員を派遣することになったが、その際は、派遣元となる課毎の加重平均で分室の服務線表が作成された。全逓中郵支部は、昭和五四年末から、中郵当局に対し、慣行休息を平行移動し、夕食時間を一斉にかつ長くとることができるように、服務線表の一部改訂を申入れたことがあるが、当初は慣行休息の位置を移動することには応じられないと回答していた中郵当局も、前例があるという支部からの申入れに応じて、東京郵政局と協議の上で平行移動を含む逆提案をしたことがある。昭和五六年一二月一八日の窓口折衝において、それまで派遣元の課毎に異なる服務線表に従って稼働していた年賀室の業務を一本の応援線表にする趣旨の提案が中郵当局からなされたことがある。昭和五八年一月二四日郵便窓口取扱時間を変更した際には、中郵労使双方は、慣行休息の位置の移動と新設の服務線表に慣行休息を盛り込むことで合意した。

3  先に引用した原判決の認定する事実及び当裁判所が認定した右2の経過に照すと、昭和四五年六月以降昭和五九年以降の是正に至るまで、昭和五七年二月の時短実施に関連して慣行休息の是正の申し入れをしたことを除けば、郵政当局ないし中郵当局が、慣行休息の是正に向けて具体的に全逓ないし全逓中郵支部に対して積極的に働きかけた形跡はほとんどない。郵政当局及び中郵当局としては、慣行休息はいずれ是正しなければならないとの認識はあったにしても(当審三木証人、中島証人、平証人)、四・九確認及びこれに引き続いて五月一二日さらに六月二日の郵政当局と全逓中央本部との交渉の際に示された、是正は強行しない旨の郵政省の見解に基づき、是正に向けて積極的に動くということはなかったものとみることができる。

しかしながら、右の四・九確認に現れている郵政省及び全逓中央本部の見解は、両者の妥協点を示すものとして重要な意味を持つものというべきであって、容易に軽視することはできない。確かに、この確認は項目ごとに全逓の要求とこれに対する郵政当局の回答を併記する形で示されてはいるが(乙第七九号証)、原判決の認定するような同日までの双方の折衝の経緯及び五月一二日の確認、さらには六月二日の話合いの経緯も併せ考えると、四・九確認の際には全逓としても郵政当局の回答を諒としていたものとみることができ、原判決も判示するとおり、郵政省と全逓中央との間で一定の整理が図られて決着をみたことを示すものとみるのが相当であり、双方ともこの確認を尊重すべきものであることは否定できないというべきである(当審平証人)。そして、こうした一連の経緯をもとに判断すれば、昭和四五年四月から六月始めにかけての郵政省と全逓中央本部の折衝の結果、郵政省としては、慣行休息については、是正、すなわち、これを消滅させるつもりであるとはいえ、これを実行に移すには、将来機会を捉えて相当と考える方法によって組合の了解を得ながら行っていくほかないことになるが、これも止むを得ないものとし、他方全逓ないし全逓中郵支部としても、この際慣行休息を文書化する等の方法によって明確に確認させることは無理であるが、当面は郵政当局の目指している是正の実現を阻止することができたことをもって納得するほかない、という態度をとったと認めるのが相当であり、そこに当事者双方の間で一種の均衡状態ともいうべき状態が生じたということができる。

その後の経過の中で、控訴人らの主張するように、四・九確認の意味を巡って双方の認識に相違が生じたことは窺えるが(いずれも成立に争いない乙第八〇号証の一ないし七)、こうしたことは対立する意見を集約しながら妥協点を見出していかざるをえない労使の折衝にあっては避け難いところであるといってよく(あえていえば、玉虫色の決着であったといってもよい。)、このような意見の対立が生じたことをもって、先の認定を覆すものとするには足りず、別の見方からすると、むしろ先に述べた昭和四五年五月ないし六月の双方の認識が実態に即するものであることを裏付けるものと考えることもできる。四・九確認は全逓中央本部が慣行休息の是正を将来とも認めるものではないとする控訴人らの主張は採用するわけにはいかない。

四・九確認の後、郵政当局と全逓中央本部とが、五月一二日に、時短を実施するに当たっては慣行休息の是正の問題は現状凍結することとし、別途協議すべきことを確認し、さらに六月二日の郵政省と全逓中央本部との話し合いにおいて郵政当局が三項目の考えを示したのを受けて中郵当局と全逓中郵支部が慣行休息の具体的な時間と位置を確認したという一連の経過を素直にみれば、原判決も判示するとおり、中郵当局と全逓中郵支部との間においても、その法的性格ないし効力はともかくとして、当分の間は慣行休息が認められているという現状を変更しないとの限度で合意が成立したと評価されるのはこれまた止むを得ないところであって、合意の成立した事実まで全面的に否定する被控訴人の主張は採用することができない。しかし、他方、右に判示した事情のもとにあっては、この合意が、郵政省ないしは中郵当局が慣行休息を正当なものとして是認する積極的な合意であったとする控訴人らの主張もまた採用することができない。確かに、昭和四五年五月から六月にかけての中郵当局と中郵支部との慣行休息の確認の過程で交渉に当たった中郵当局の担当者が、確認が暫定的なものであるとか当面の確認に過ぎないというような明確な発言をしたわけではないし(当審中島証人)、当時の交渉の模様を記載した控訴人渡辺光男のメモ(同人の原審における本人尋問の結果により成立を認める甲第六一号証の二)や中郵当局の側で交渉の経過を記載した労務日誌抜粋(成立に争いない乙第五八号証、第五九号証、第六一号証)にもこの点について特別の記載は見当たらない。しかし、控訴人渡辺の方も将来とも長期にわたって認めるかどうかとの確かめかたはしていない。こうしたやりとりは激しい対立をはらむ問題を背景とした労使の交渉に当たっては決して珍しくないことであり、とくに微妙なバランスのうえに妥協点を見出そうとする場合には互いに将来の交渉に差し障りがないよう、慎重に言葉を選んでいるはずである。四・九確認から六月二日の郵政省と全逓中央本部との話合いに至るまで、まさにこの点を巡って双方がきわどい折衝を続けてきたことは、要求と回答の表現振り等からも十分窺うことができる。互いに条件を明示していないからこそぎりぎりのところで一定の妥協に達することができたといえよう。暫定的とか当面とかの言葉がなかったからといって長期にわたる将来まで慣行休息を是認したとするわけにはいかない。

二  控訴人らの主張する合意の効力について

郵政職員の勤務関係及び労働条件の決定方式並びに控訴人らの主張する合意の効力についての当裁判所の判断は、以下のとおり付加するほかは原判決理由説示(原判決書五二頁以下の三の項、五七頁以下の五の項、六の項)のとおりであるから、これを引用する。

1  郵便事業を行う国の経営する企業に勤務する一般職に属する国家公務員(以下「郵政職員」という。)である控訴人らに関する労働関係については、国労法(本件紛争当時は公労法。規定自体は同様なので以下便宜国労法で説明する。)が適用され、同法に定めのないものについては労働組合法が適用される(国労法二条、三条一項)。そして、その職務と責任の特殊性に基づいて別に法律又は人事院規則を以て規定することができるとの国家公務員法の定め(国家公務員法附則一三条)に対応して、国労法には勤務条件に関する人事院の権限等について定めた国家公務員法三条二項ないし四項など多くの規定の適用除外が定められている(国労法四〇条一項、二項)。また、同じ理由から、給与等特例法が定められ、同法によって、国家公務員法中の給与、勤務時間に関する規定の適用除外が定められている(同法七条一項)。

このようにして、郵政職員の給与、勤務時間(本件で問題となっている休息も、給与支払の対象となるものであり、ここに含まれる。)、休憩、休日及び休暇に関する事項などについては、郵政職員が結成した労働組合が団体交渉の対象とし、使用者である国ないし郵便事業の代表者である郵政大臣との間で労働協約を締結することが認められている(国労法八条)。この意味における労働協約としては、昭和三三年四月一五日締結された勤務時間協約を始め多くの協約がある。しかし、他方で、郵政大臣は給与準則(給与等特例法四条)、勤務時間規程(同法六条)を定めなければならないものともされているので、両者の関係が問題となるところである(地方公営企業労働関係法においては、条例に抵触する協定(労働協約と同義である。)、規則その他の規程に抵触する協定(前同)の扱いを定め、とりわけ後者においては協定が規則その他の規程に優先する趣旨が定められているので、協約が優先することは明らかである。)。

ところで、国家公務員法附則一三条によって認められる特例も、国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障するとの目的(同法一条)に反するものであってはならないとされ(右附則一三条但書)、国家公務員が、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念すべきことを定めた国家公務員法九六条一項、いわゆる職務専念義務を定めた同法一〇一条一項を始めとする任用、分限、懲戒等に関する同法中の規定のほか、給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項について、国会が社会一般の情勢に適応するように、随時変更することができる旨を定めた規定(同法二八条一項前段)はこの適用除外の対象にはなっていない。また、給与等特例法においては、職員の給与は、その職務の内容と責任に応ずるものであり、且つ、職員が発揮した能率が考慮されるものでなければならないとされるものの、一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける国家公務員及び民間事業の従業員の給与その他の事情をも考慮して定めなければならないとされ(同法三条二項)、勤務時間規程は一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律の適用を受ける国家公務員の勤務条件その他の事情を考慮したものでなければならない(同法六条二項)とされている。さらに、国労法では国営企業の予算上又は資金上、不可能な資金の支出を内容とするいかなる協定も政府を拘束するものではなく、政府がこれを国会に付議してその承認を得て始めてその効力を生ずるものとされている(国労法一六条)。

このようにみてくると、控訴人らの勤務関係は、給与、及び労働時間等労働条件の基本といえる事項について労働協約を締結することが認められている点で、他の一般の国家公務員とは明らかな違いがあり、その面を強調すれば、労使対等の原則によって規律されて然るべき面があるとはいえるけれども、他方右にみたように給与あるいは勤務時間にかかる労働条件は一般の国家公務員の勤務条件等を考慮したものでなければならないともされている点及び国営企業の予算又は資金の状況との関連で協約の効力の発生が国会の承認にかかる場合があるという点で大きな制約を受けていることもまた明らかである。これらの諸点を総合して考えると、控訴人らの勤務関係は、その労働関係がもっぱら労使対等の原則に立つ団体交渉等の手続を通じて形成されていく私企業の労働者におけるのとは大きく異なることは否定できない。これを要するに、重要な部分において国家公務員法等の規制を受ける特殊な法律関係であり(これを基本的に公法上の法律関係であるといってもよい。)、勤務条件の決定も、これに応じた扱いを受けることになるのは止むを得ないところといわなければならない。

右のとおりの規定の関係からすれば、郵政大臣は、郵政職員の勤務条件が労働協約等を通じて形成され、又は変更された場合には、速やかにこれを規程に反映させ、明確にしておくべき義務があることは当然であるが、他方、右の準則、規程に求められているあるべき姿と大きく隔たることとなるような労働協約を締結してはならない義務を負っていると解さなければならないし、郵政職員もまた、勤務条件を団体交渉等の手続を経て変更させることはできるものの、その範囲はもともと右のとおりの一定の制約の下にあることは承認しなければならないというべきである。郵政職員がこうした勤務条件の下にあることを勤務条件法定主義の下に置かれているというかどうかは、本件の判断に当たって別段の意義をもつものと考えることはできず、右に判示したとおりの特殊な勤務関係にあることをあるがままに受け止めた上で検討すれば足りるというべきである。また、郵政職員が右のような特殊な法律関係の下に置かれているために受ける制約は、法律が定めるところから導かれる制約に他ならないのであるから、このように解することが、労働条件を労使対等の立場において決定すべきものとする労働基準法の原則(同法二条一項)と矛盾することになるというものではない。

2  労働協約には、その規範的効力を保障するために厳格な形式が要求されているところであり、しかも控訴人らの勤務関係の特色、郵政職員における労働協約と勤務時間規程との関係、中郵当局の服務表に関する事項の労働協約締結権限の有無についての双方の認識の相違を考慮にいれれば、服務線表の内容及びその意義そのものについて労使双方に誤解が生ずる余地がないとしても、これに労働協約としての効力を与えることはできないというほかない。

確かに、郵政大臣が給与準則、勤務時間規程を制定するのは、一面では、国労法が郵政職員の労働条件を団体交渉、協約締結事項であるとしたのを受けて、団体交渉、労働協約において権限を有する行政庁を明示し、それらの事項に関する国家公務員法、人事院規則の適用を排除された郵政職員の勤務条件の基準、具体的な内容を使用者として客観的に明示すべき責務を果たしているものといえるが、他面で、先のとおり、郵政職員の労働関係が、全く労使対等の立場で労働条件が形成されていく私企業の労働者のそれとは大きく異なり、郵便事業を行う職員であっても財政民主主義の下で全体の奉仕者としてその責務を果たすべきものであることを、右準則、規程に表すという意味を持つことも忘れてはならないというべきである。

3  控訴人らは、本件合意が労働協約ではないとしても、これに準ずる合意と評価すべきであると主張するが、取り扱うことがらの重要性を考慮に入れれば、要件を備えない合意に労働協約と同一の効力を与えることはできないというほかない。控訴人らが、本件合意は、労働協約に準ずる効力を有すると主張する理由の一つは、労働協約の規範的効力は、わざわざ労組法一六条の規定を待たずとも、社会的にみて法的確信に支えられた規範には当然に備っている効力であり、同条は宣言的、注意的な規定であるとの解釈であるが、右のような解釈は当裁判所のとらないところである。

そうすると、本件合意が、労働協約またはそれに準ずる効力を有するものであることを理由とする控訴人らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

4  控訴人らは、本件合意が労働協約またはそれに準ずる効力を有するものであるとまでいえなくとも、個々の労働契約の内容となっているとも主張するが、控訴人らの勤務関係の性質が先に判断したとおり、基本的には公法上の法律関係であること、勤務条件については、本来なら当然労働協約と勤務時間規程との関係は一致した対応関係を保つべきものであって、これが基本的な労働条件の内容を明示するものであることからすれば、勤務時間規程、労働協約と大きく隔たる内容を有する労働契約が個々に成立する余地はないと考えるほかない。

三  事実たる慣習に基づく休息権

この点についての当裁判所の判断は、次のとおりである。

1  郵政職員の労働条件に関しても慣行が一切法的効果を持ち得ないとするわけにはいかないことについては、原判決を引用することによりすでに判示したところであるが、被控訴人の主張に鑑み、念のためここに改めて当裁判所の判断を示しておく。被控訴人の主張は、控訴人ら現業の郵政職員の勤務関係も基本的には公法上の関係であって、勤務条件法定主義の適用を受けることを強調して、労使慣行を認める余地はないというにある。当裁判所も、すでに二に判示したとおり、控訴人らの勤務関係が基本的に公法上の関係にあることは否定するものではないし、勤務条件法定主義の要請から生ずる一定の制約を受ける面があることも否定するものではない。しかし、現業の国家公務員については、現行法制上、労働条件の基本というべき給与、労働時間に関して団体交渉による労働協約の締結が認められており、そこには私企業における労使の交渉による自由な自治的規律とは同視することができない一定の制約があって、もっぱら労使対等の原則の下にある私企業の労働者とは大きく異なるところがあるとはいっても、そのような制約を前提とする限度においては、労使の交渉による規律が許されているのであるから、後に述べるように、労使間の慣行の認められる範囲が限定される結果となることはともかくとして、労使慣行による規律の可能性を全面的に否定することはできない。被控訴人の主張は、現業の郵政職員が法律によって認められる団体交渉をもとに許容される範囲において労働協約を締結する権利すら否定するに等しいものであって、採用することができない。

2  労働者の労働条件に関しても、労使間に慣習がある場合には、慣習があるというだけで労使双方を法的に拘束する規律となるとは考え難いが、そこに一定の要件が備わることによって、慣習が個々の契約の内容となり、あるいは労働協約、就業規則を補い、これらと一体のものとして法的拘束力を有する規律としての効力を持つと認めてよい場合が生ずる(民法九二条)。いかなる要件が備わる場合に法的拘束力を持つ規律(事実たる慣習)としての効力を有するに至ると解すべきかは、難しい問題であるが、ことは慣習を共にする一定の集団において法的拘束力を持つ規律としての効力を認めるものである以上、単なる事実の反復継続により慣習が成立しているというだけでは足りないことは明らかであり、最低限ある集団に属する多数の人の間で同種の事実が反復継続して行われ、このことによって成立した慣習に従うことを排除していないことは、欠くことのできない要件と考えなければならない。それだけでなく、慣習に従うことを排除していないという点に関しては、別の規律が全くないというような分野を除いては、このようないわば消極的な要件ではなく、成立した慣習に規律としての価値を認めるという積極的な評価を汲みとることができるのでなければならないと解される。民法九二条が「法令中ノ公ノ秩序ニ関セザル規定ニ異ナリタル慣習アル」ことの他に、「当事者ガ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムベキトキ」と定めるのも、この趣旨を表すものに他ならないといえよう。この積極的な評価が認められるかという観点から要請される要件が、一般に「規範意識」といわれる要件であると考えられる。規範意識がいかなる場合に認められるかを一義的に示すことは困難であるが、右に述べたところからすれば、少なくとも、当該事項に関してこれを規律する何らの規範のない場合と、規範がすでに形成されている場合とでは、規範意識の形成され易さに違いがある(規範のない分野の方が規範意識が形成されやすい)ことは、みやすい道理である。ことに当該事項について明確な規範がある場合には、これと矛盾することとなる慣行が成立するに至っていても、それを新しい規範というには、当該慣行の行われている集団を規律するものとして確実なものといえるのでなければならないから、長期にわたり反復継続されてきた慣行があるというだけで安易に慣行に対する規範意識を認めるのは相当でなく、慣行によるとの規範意識が形成されていると認めるには慎重でなければならないし、その検討の一環として、ある集団のなかで慣行に従うことについて意見が対立することが予測されるような場合には、慣行に従うことに反対の立場にあるはずの者をも含めて、全体として規範意識の形成の有無を検討する必要があると考えられることを指摘しなければならない。

本件に則していえば、労働協約、就業規則に全く定めがなく、かつそれらの趣旨にも反しないことがらに関する慣行であれば、これに従うとの規範意識も比較的容易に認められてよいであろうし、その場合に慣習に従って就業規則ないし労働協約を補充して解釈すべきものであることを否定する理由はない(労働契約成立後に成立した事実たる慣習が当該労働契約の内容となり、契約自体が変更されるとみる余地もある。)。しかし労働協約、就業規則に定めのあることがらであり、かつ労働協約、就業規則の趣旨に反する慣行の場合には、当該慣行につき規範意識を肯定して事実たる慣習として法的拘束力を認めることは、労働関係における基本的な規範となるべき労働協約、就業規則の効力を軽視する結果となるし、その改廃の手続を省略するに等しい結果をもたらすことになる(特に労働協約の場合、いったん効力が認められれば、労働協約の改廃と同一の手続を経なければこれを改めることができないこととなる。)ことを考慮すると、規範意識の認定には厳密な証明が求められるのはやむを得ないところである。実際問題として、労働協約、就業規則に反する軽微とはいいがたいことがらについて労使間の慣行が効力を有する場合があるとすれば、労働協約、就業規則が全く形骸化しているような事情のもとにおいて、当事者とりわけ労働協約締結権限を有する者、就業規則を改廃する権限を有する者が慣行を規範として認める意思を有していたことを証拠によって認めることができるというような例外的な場合に限られると解すべきである。

さらに、控訴人ら郵政職員の勤務関係の特殊性、すなわち基本的には公法上の法律関係にあることは否定できないところであって、労働協約による労使関係の自主的規律が認められるとはいうものの、その範囲にはかなりの制約があり、私企業の労働者におけるのと異なり、その内容が規程等に明確化されるべきものとされていること及びその意義につきすでに判示したところに照らせば一般論としては勤務条件に関わる事実たる慣習の成立の余地は認められるとはいうものの、その余地は、私企業の労使関係に比して一層限定されるといわざるをえない。

3  そこで、先のとおりの合意及びその後の経過に照らして、本件において控訴人らの主張する慣行休息が、事実たる慣習に基づく権利ということができるかどうかについて判断する。

(一)  当裁判所の判断は、(二)以下に述べるほかは、原判決の理由説示(原判決書六二頁末行の七の項のうち六四頁の3の項以下)と同じであるからこれを引用する。

(二)  本件合意の後の交渉における中郵各課の服務線表の作成は、当局と組合との間で、慣行休息の時間を含めた休息の総時間を前提としていただけではなく、その配分まで具体的に定めて行われていたものであり、年を追うにつれて、その作業も手順化していったばかりか、例えば、年賀室応援線表のように各課から臨時に職員の派遣を求める際に作成する場合には、派遣元で実行されていた線表のうち休息時間の多い者の線表に合わせるといったこともあるなど、結果として慣行休息が尊重されていたことはすでに認定したとおりである。

しかしながら、右のように服務線表作成時に双方で確認がなされた上で作業が進んだとはいうものの、中郵における郵便業務の性質(控訴人原田直久の原審における本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一九号証参照)からいえば、全体を一つのシステムとして運用することが不可欠であり、慣行休息そのものを無くするということが決まらない以上は、服務線表を作成する中郵当局者としても、慣行休息を前提にして作業の流れに滞りがないように組合せをする以外に選択の余地はない筋合である。したがって、箱線表を用いるようになって慣行休息の存在がますます明瞭になったとはいっても、だからといって慣行休息の権利性が高まったということはできない。慣行上のものに過ぎない部分であってもこれを服務線表に明確に記載しておくことは、中郵における実際の作業の流れを明らかにする上で実務上欠くことができないものであったということができるからである。

また、中郵において大きな力を持つ全逓(このこと自体は当事者間に争いがないものといえる。)を交渉相手にして、紛争を避けつつ業務の合理化をはからなければならない立場におかれていた中郵当局としては、四・九確認を始めとする郵政当局の意向の表明のもとに、郵政当局が勤務時間協約を上まわる休息の是正は休日増加方式による労働時間短縮と並行して進めるほかないとの考えを固めた以上、是正のための適切な機会を得られない限り、これを正面から議論の対象にしてゆくことは、郵便局の中で中枢的役割を果たす中郵の機能を危うくさせかねないことでもあり、なかなか難しいことであったことも認めるに難くない。

こうした状況を考えると、中郵当局としては、人員配置の変更等に際して従来利用されてきた服務線表の扱いが問題となるからといって、当該部局に限って慣行休息の廃止を目指すことは、事実上無理なことであったといってよく、成算なしにことを交渉の場に持ちだすのを控えたというのが実態であったと認めることができる。昭和四六年の輸送施設改廃に伴う普通部服務変更等は相当に大幅な改革であったとはいえようが、慣行休息の是正問題は相当な覚悟と熱意なしには果たし難いことであろう(当審証人平も是正について、一致結束してことにあたるという熱意に欠けていたという形でこの実情を認めている。)。また、昭和四五年当時中郵における郵便業務の労働が相当に厳しいものであり、特に休息を必要とする事情もあったことは被控訴人も積極的には争っていないことからすると、右のような事情が慣行休息を是正する熱意が弱められる原因となっていたことも十分に考えられるところである。

同じ事情のもとで長年月が経過すれば、組合側はその間の事実を基にして大きな期待をかけて折衝にあたることになるのも道理であるし、折衝の相手が強い力を持っているからといって中郵当局が口をつぐんでいたというのでは、是正の意思を持ち続けていたとはいっても口実に過ぎないとの反論を受けるのもやむを得ないところはある。しかし、本件合意の前のことではあるが、郵便量の増加に伴い、昭和四二年六月ころから晴海集中局新設問題があり、中郵局の職員が多数異動したため、慣行休息を残すべくストライキもしたが、そこでは慣行休息は是正され、職員は以後慣行休息を享受することがなくなったし(渡辺原審)、東京南部小包集中局、北部小包集中局の設置、東京国際郵便局の新設に当たっては、中郵から多くの職員が移動したにもかかわらず、慣行休息は引き継がれなかった(渡辺原審)という経緯もある。ことがらは決して些細なことがらといえるものではない。それにもかかわらず、昭和四六年ころを境にして、郵政省は慣行休息を是正する意思を放棄するに至ったと考える根拠は乏しいといわなければならない。

のみならず、先にもみたとおり、控訴人らの勤務関係は、国家公務員法の規制の下にあり、勤務関係を準則あるいは規程により明確化すべき要請の強いものであることは、控訴人らをはじめとする郵政職員も理解していたはずであるし、中郵当局あるいは郵政当局が、勤務時間規程、勤務時間協約にない休息時間を承認するわけにはいかないとの認識に立っていたことは、控訴人らにも判らなかったとは思えない(いわば、心裡留保について相手方も内心を知っていた場合にも比すべき事情といえる。)。

(三)  長い期間にわたって慣行休息が実際には承認されてきたにもかかわらず、服務線表という職場での具体的な作業手順に表されるに終始し、労働協約としてはもとより、それ以外の形ででも合意として書面化されなかったことにはそれ相応の理由があったとみるのがむしろ素直なみかたであろう(労働時間に関する事項は本来労働協約として書面化する必要のあることは組合側においても十分認識していたことは、成立に争いがない乙第八〇号証の四の五四六頁の記載からも窺うことができるし、控訴人渡辺光男の本人尋問の結果からも認められる。)。昭和五四年一二月二七日に郵政省と全逓との間に締結された「団体交渉の方式及び手続に関する協約」(甲一六五号証)では、団体交渉事項で両者が決定したものについては、原則として直ちに成文化し、両者それぞれを代表する者が記名押印するものとする、記名押印するかしないかについて争いが生じたときは、その取扱を上移するものとするとされている。その運用の実際においては、団体交渉事項であるとの意見が一致したものについても組合側が記名押印を要しないとしたものや、団体交渉事項であるかどうかについて意見の一致をみないまま事実上話合いのついたものについては記名押印を要しないとされていたことからすれば、労使双方を規律するルールのうちにも必ずしも書面化しないで済ませるものがあることは共通の認識であったということはできるであろうが、ことがらの重要性からいって、慣行休息についてそのような了解があったとは考えられない。

(四)  以上に判断したところからすると、少なくとも被控訴人(郵政省ないし中郵当局側)についてみると、本件慣行休息についてこれを規範とする意識が成立していたと認めることはできない。

4  昭和五七年以後、中郵など限られた局を残し大方の局で時短実施が成り、昭和五九年二月には郵便輸送システムの改善計画も動きだしていたという環境の中で、国鉄がいわゆるヤミ超勤、ヤミ休暇で世間の批判を浴びているという情勢にも助けられて、郵政省が一気に是正に乗り出した(原審島崎証人、当審平証人はこのことを認めている。)ことに、控訴人らとしても言い分があろう。特に、昭和四四年三月二五日になされた慣行休息是正の申入れに対して、被控訴人から慣行休息の是正については全逓地方本部、中郵支部とも十分話合いをして解決するように努力をする旨の見解が明らかにされ、四・九確認及び以後の折衝の過程において、慣行休息の是正については、現場段階で事前に話合いをしていくものとするとの見解が再度明らかにされたという経緯にもあることを考えれば、昭和五九年の是正は組合側からすれば一方的だとの受け取り方をするのも無理からぬところはある。このような経緯を考慮すれば、控訴人らが永年にわたり慣行休息を享受してきたこと自体を、いまさら遡って違法状態であったとして職員の責任を問題にすることはできないというべきであろう。しかし、郵政当局がこれを一方的に是正することが許されない程の実質を有する権利として確立されていたとまで認めることはできない。

四  控訴人らは、被控訴人が慣行休息を剥奪する手続において不備があったとも主張する。しかし、すでに判断したとおり、慣行休息は、控訴人らが将来にわたり権利として主張しうるだけの実質を有するものではない以上、仮に団体交渉等の手続きを重ねてみたところで、控訴人らの主張する内容の権利が確保されるというものでもないのであるから、被控訴人のとった措置により以後慣行による休息を享受することができなくなったからといって、それ自体の違法、不当を取り上げる余地はない。また、成立に争いがない甲第四二号証、控訴人松本弘の本人尋問の結果(原審)によっても、中郵当局は昭和五九年一月一九日に同年四月二九日をもって慣行休息を廃止する旨を通告し、休息は昭和五九年五月二七日をもって廃止されたという経緯にあることが認められるのであって、手続的にみても穏当なものということができ、非難するには当らないというべきである(なお、控訴人らは、服務線表を就業規則にみたてて、これを労働者にとって不利益な内容に変更するには正当の理由が必要であるとすべきところ、本件ではその理由がないともいうようであるが、服務線表を就業規則と同視することはできない。)。また、控訴人らは、被控訴人(郵政省ないし中郵当局)の本件是正措置が信義に反するとか権利の濫用にわたるものというが、すでに判示したとおりの経緯に照らして、採用することができない。

五  結論

以上の次第で、控訴人らの請求はいずれも理由がなく、これらを棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 上谷清 田村洋三 曽我大三郎)

別紙(更正目録)、別紙一(控訴人目録)、別紙二(在職者目録)、別紙三(転出者目録)、別紙四(課別・勤務種類別・勤務始終時刻・慣行休息時間一覧表)、別紙五(超過勤務の慣行休息時間)各省略

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